学生スピーチ
[2026-05-08]
「あなたがたを襲った試練で、世の常でないものはありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えてくださいます。」
コリントの信徒への手紙一 10章13節
おはようございます。現在、チャペル委員会の副委員長を勤めている、キャリア・イングリッシュ専攻三年です。本日は、私が大学生活で心がけていることと、そのきっかけとなった試練についてお話ししたいと思います。
私が心がけていることは、「挑戦すること」です。私は大学生活の目標として、視野を広げることを掲げています。視野を広げるためにはたくさん経験を積むことが必要だと考え、挑戦してみることを心がけようと決めました。
しかし、これまでの私は挑戦することが苦手で、よく知らないものや不安が大きいものは遠ざけて過ごしてきました。そのため、今でもどうしよう、と不安から躊躇ってしまうこともあります。それでも、なるだけ飛び込んでみようと思えるようになったのは、中学三年生から高校生にかけての出来事がきっかけでした。
中学三年生の時、私は大きく体調を崩したことで、起き上がることすら難しく、学校に通えない試練の日々が始まりました。当時はいつもできていたことが出来なくなったことが悔しくて、毎日のように泣いていたことを覚えています。
「なんで私は学校に通うことすらできないんだろう」
「なんで六十分間座り続けて授業を聞くことすら出来ないんだろう」
「先が見えない。将来自分はどうなってしまうんだろう」
動くことが出来なければ刺激もないので、私はかつてないほど弱気になって、毎日そんなことをずっと考えていました。
さらに同時期に、私の父が脳卒中で救急搬送され、生死を彷徨うという出来事がありました。その時の私は自分のことに加えて父のことまで重なり、常にいっぱいいっぱいでした。お医者さんに「三分の一は社会復帰ができて、三分の一は麻痺などを抱えることになり、三分の一はそのまま亡くなります」と、診察室で言われた時のことは、今でも忘れられません。幸いにもまだ意識がある状態で病院に搬送することができたので、父は無事に回復し、今日も元気に過ごしています。私は、この二つの経験から当たり前の日々が決して当たり前では無いことを突きつけられました。
高校生になってからも、私の学校に通えない日々は続き、入学から半年もしないうちに全日制の高校から通信制へ転校することが決まりました。この時に通信制へ転校する決断を取ったことは、私にとって大きな転機となりました。ほぼ全てのことがネットで完結したおかげで、何も気にすることなく療養することが出来たからです。さらに大きかったのは、当時SNSで趣味を通じて繋がりがあった方々から全く知らなかった通信制の高校について教えてもらったこと、そして実際に転校してから出会った、これまでに交流が無かったタイプの人たちとの出会いを通じて、私は自分の世界がいかに狭かったかを実感したことでした。
これらの出来事は、私にとってまさしく試練でした。あの頃は耐えられない、もう無理だと何度も泣きましたが、今振り返ってみると私の人生において大切なことを教えてくれた出来事になっています。楽しい高校生活を送ることは叶わなかったので、心から「良かった」ということはまだ出来ませんが、学生のうちに「自分が何を辛いと思うのか」、「どういう時に悪化するのか」、「どうやって乗り越えたのか」細かく分析して考えることが出来たことは良かったと思っています。
他にも、やりたくても出来なかった前者の経験は、私に「健康は何よりも大切である」ということと、「元気なうちにやってみたいと思ったことはやってみる」という新しい考え方を、与えてくれました。後者の経験は、「もっとたくさんのことを学んで体験してみたい」という意欲を芽生えさせてくれました。このままでは社会に出た時に何も知らないまま、固い考えしかできない人になってしまうという危機感が、「大学生活は挑戦の四年間にする」という目標に繋がったのです。
大学生になってから、音楽経験ゼロの状態でハンドベルチームに入ったり、初めて一人で飛行機や新幹線に乗って旅行をしたりしました。その帰りに迷子になったり、公共交通機関のトラブルに巻き込まれたりしたことで、ちょっとだけ度胸がついたように思います。他にも、ボランティアをやってみたり、イベントに応募してみたり、自分の中の小さな夢を叶えたりしています。
私のこれからの目標は、もっと自分の人生を楽しんで生きることと、広い視野と優しさを持った大人になることです。その目標に向かう途中には、きっとこれからも大小様々な試練が与えられるでしょう。しかし、私がこれまでで一番辛かった中学三年生からの期間を乗り越えられたように、きっといつか改善し、私を成長させてくれるものであるはずです。もし立ち向かうことが出来なくても、本日の聖書の箇所のように用意してくださった逃れる道を頼れば、遠回りしながらでも乗り越えることだって出来るのではないでしょうか。
皆さんは何か、やってみたいことや挑戦してみたいことはありますか? 皆さんが皆さんにとって良い成長を続けられることを願っています。
天の神様、今日礼拝に集まることができたことを感謝します。これからも私たちにたくさんの挑戦する機会が与えられることでしょう。その機会を私たち一人ひとりが大切にし、糧とすることができますように。挫折し苦しむ時は、私たちを見守り、どうか導いてください。これらの感謝と願い
を、主イエス・キリストのみ名によって献げます。アーメン。