5月21日 西林 佳夫さん(総務課)
[2026-05-21]
そこで、イエスは言われた。「わたしはさばきのためにこの世に来ました。
それは、目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるため
です。」
おはようございます。
宗教委員で大学総務課の西林です。
ユニバーサルデザインという言葉が一般的になってずいぶん経ちます。性別や国籍、障がいの有無等にかかわらずすべての人に、始めから利用しやすいように設計された環境や製品と定義されます。この概念の一つに「カラーユニバーサルデザイン」という考え方があります。これは、色覚に異常がある人でも情報を正確に認識できるように配慮された配色、デザインの考え方です。日本人には、赤と緑の区別がつきにくいタイプの色覚を持つ人が多いとされています。特に男性に多いといわれており、日本人男性の20人に1人、約5%にのぼります。そして、私もその一人です。
小学2年生の身体測定の際に色覚検査があり、別室に連れていかれて再検査を受けました。そして、大きな病院での精密検査を勧められ、比較的重い色覚異常と診断されました。当時の私は何を言われているのかさっぱりわかりませんでしたが、年を追うごとに、周りの人たちと見え方が違うことに気づかされました。
一番ショックだったのは、小学校の図工の時間に隣の席のクラスメイトと互いの顔を描くという授業のことです。概ね輪郭を描き上げて、色を塗ってさあ終わりだと思ったところ、向かい合ってモデルをしてくれた女の子が、私が書いた絵を見ながら泣き始めました。何が起こったかわからずにいると、私が書いた髪の色が緑色だったのだそうです。しかも、肌の色はくすんだ暗めの色で、私が意地悪をして変な色の顔を描いたと思い泣いていたのだそうです。そのほかにも、中学生のころは、私がサーモンピンクのセーターを買ったところ、色が分からず買ってきたと思い込んだ母に勝手に返品させられたなんてこともありました。
成長するにつれ、自分が見ている色が周りとは違うことを自覚するようになり、気を付けることができるようになったので、このようなトラブルはなくなりました。たまに、服の色合わせがおかしいときはあるかもしれませんが…
かつては、色覚に異常があると、様々な社会的な不利益がありました。例えば大学入試では、色覚が正常でないと入学資格が与えられない大学が数多く存在しました。また、就職でも警察官や教員などの公務員にはなれない場合があり、また1986年、今から40年前の調査では、民間企業の約13%が色覚異常者の入社を認めないこととしており、職業選択も容易ではない時代があったようです。
最近ではこのカラーユニバーサルデザインの考え方が普及して、駅や病院の案内表示に色と文字を組み合わせたり、中学校の社会科で使用する地図帳に赤と緑で構成されるデザインを避けるなど、色覚の特性の有無にかかわらず生活できるよう工夫がなされるようになり、不便さを感じずに済むようになってきました。おかげで、色覚異常者の就職制限は一部、身体の危険を生じさせる職種を除き、ほぼ見られなくなりました。
そんな私でも、美術館で絵画を鑑賞するのが大好きです。学生時代にゴッホ展が来たときは並んで観に行きました。
そして、10年ほど前のことです。仕事でオランダに行く機会がありました。5日間の滞在中、首都のアムステルダムを中心に研究機関や病院、図書館を訪問し、移動もギリギリなハードなスケジュールでした。帰国する日、一緒に出張していた同僚からこんな誘いを受けました。「ここから電車で20分の所に有名な美術館があるから、せっかくだから行ってみよう。」飛行機の時間から逆算すると美術館にいられるのは30分もありませんでした。電車に飛び乗り、ハーグという町にあるマウリッツハウス美術館に行きました。そこで目に飛び込んできた絵が、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」でした。(画像)そんなに大きな絵ではありません。それでも、3Dで迫ってくるような、迫力という言葉でも説明できないような感覚に襲われました。そして、輝くように色鮮やかに見えたような気がしました。まるで少女が目の前に実在して、こちらを見ているような錯覚に陥りました。絵画を観てこんなに感動したことは一度もありません。
空港へ向かう電車の中で、感動にふけりながら思い浮かんだのが今日の聖句です。「目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となる」
私たちの目は、とかく意識や感情に左右されます。普段気にもかけないものが急に気になりはじめ、大事なものだと気づくことがあります。逆にどんなに素晴らしいものだとわかっていても、盲目になったように素通りしてしまうこともあるでしょう。それでも、神様は心の目をもって見るべきものを照らしてくださると思います。たとえそれが我々にとって、よいものでも悪いものでも。そうだとしても、神様が導かれる景色に敏感でありたいと願います。
さて、紹介したフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」が6月に18年ぶりに日本に来ます。大阪の中之島美術館で展覧会が開催されます。チケットは争奪戦になるでしょうが、興味のある方はぜひ鑑賞していただければと思います。
短く祈ります。
神様、私たちは目に見えるものすべてを認識することはできません。さらには、見たいものと見たくないものを瞬時に判断してしまいます。それでも、神様が心の目を通して見るべきものを示してくださることに感謝して日々を歩んでいけるよう導いてください。
この小さな祈りを、主イエスキリストを通じてみ前にお捧げいたします。